悪役はストーリーを盛り上げる
悪役って、作りづらいって思ったことはありませんか?
「いえ、特にはありませんが、何かこう悪役といえるのかどうか?」
そうそう。結構、悪役って重要だけど、いまいち附に落ちない感じってありますよね?
危害を加えるだけの悪役は古い?
以前、お伝えしましたように、悪という効果的な設定で、悪の世界には、個人と集団がありましたよね。
その中でも、個人(単体)にフォーカスしますね。
悪人といえば、普通、不良やジャンキー、サイコパスが、罪なき人々に圧力を与えて脅したり、次々に殺しまくるイメージがあると思います。
狂気がにじみ出て、大量の血がブシャー!と悲鳴があがったり、奴はオレが捕まえてギッタギタにしてやる!とか。
あなたが考えているストーリーの中に、そんなキャラがいれば盛り上がらないでしょうか?
名無しくん
いえ。自分はそんな人物や、攻撃的で残酷な悪なんて描きたくないです
・・・と言われたらそれまでなんですが、実は、残酷なシーンって、血しぶきをあげないと描けないってことはありません。
つまり、相手を肉体的に傷つける行為ではなく、内面を蹂躙する方がよっぽど残酷だし、充分インパクトを与えられる、とボクは考えています。
惨殺シーンを見るのを好む人はいますが、それはちょっと話が別です。(刺激を常習化している読者さんですね)
よろしいでしょうか?
あなたは、できれば残酷なシーンは描きたくない。でも、刺激がないと作品自体にパワーがない、とお考えかもしれません。
そうなんですよ。読者を引きつけるための刺激は欲しいですが、勧善懲悪の思想を持っている日本人であるなら、悪人でも善人でも殺されるシーンは、痛々しいと感じてしまうはずです。
はい。何もおかしくはないですよ。
人の心を蹂躙する悪役をつくる
では、さきほどの、肉体を傷つけるより、精神を傷つけることの方がよっぽど刺激があるという理由について少し解説しつつ、悪役をつくる考え方をお伝えしていきますね。
悪役づくりの基本は、人の心を平気で踏みにじる人、それを不快にすら思わない人です。
『天空の城ラピュタ』のラスボスであるムスカをご存じですよね。
彼は、自らラピュタを乗っ取り、核兵器を披露し、軍隊(ゴリアテ)と戦いながら、どんな台詞を吐いたか?
「ははは。人がゴミのようだ!」
すなわち、行動と神経(思考)が、良識から逸脱している人物が、悪役づくりの基本です。
平気で不快にすら思わないのは、それ相応の理由があるかもしれませんよね?
盗人に三分の理という言葉があるように、やもえずに悪役にならざる得ないこともあります。
ムスカも、根っから悪人だったとは思えないのですよ。
原作にはありませんが、自分が何者であるかを調べていく内に、ロムスカパロウルラピュタという本当の名前を知って歓喜しただろうし、パズーの台詞「シータが空から降りてきた時に思ったんだ!きっと何かすばらしいことが始まったんだって(以下略)」
ムスカも目を輝かせて、ラピュタをこの目で見たい!とそう思ったにちがいないのです。
はい。結論を申し上げますと、
実は、誰にでも悪と見える要素があり、誰でも悪は作れてしまうということです。
「は?私にも悪の要素があって、悪人になってしまう?どういうこと?」
どういうことかと言えば、
つまり、ボクの存在は、良い人(善人)に見えなくもありませんが、ある人にとっては、悪魔のように見える時ってあるんですね。
例えば、赤信号なのに、青信号だと思い込んで、堂々と笑顔で手を渡ってしまったら、ドライバーからしたら迷惑千万です。
ボクは、青信号だから渡ったのに、しかも歩行者優先なのに、クランクションを鳴らされたら怒りますよね?ルールを破っても平気なんですよ。それどころが謝罪する気配すらないんです。
ドライバーからしたら「赤信号だろ!」と怒鳴りつけます。下手をすればボコボコにされます。
問題は、自分が青だと思い込んでいることに気がつかないのです。
この思い込みってね、裏を返せば人の内面をものすごく蹂躙するんですよ。
これは、時系列で未来予測できるストーリーでは簡単に創作できてしまいます。例えば・・・
・人の気持ちがわからない人
・人の気持ちがわかりすぎてしまう人
どちらも、共通していえることは、〝悪意なき思い込み〟で〝他者を苛立たせる〟がセットになっているのです。
悪意がないだけに、腹ただせるじゃないですか、これって、どちらも不快をばらまく悪人として、表示できませんか?
悪役キャラクターの骨格と本質とは、哀れで、悲しく、虚しいのです。
つまり、人の内面を傷つける行為。その多くが物事の〝無知〟だったり、強い〝思い込み〟から引き起こしているんですよ。
他人って、細かい事情までわからないじゃないですか。わかっているつもりになっていることがほとんどです。
夫婦ゲンカも、ちょっとした〝すれ違い〟から、家庭不和が発生しています。人の親や、教師でさえ、いたるところに悪の種が存在しています。
正義感を振りかざしてきたところで、自分があまりに〝無知〟だったことはザラにありますし、自分のエゴに気がついたとき、謝罪するか、主張を貫き通すかの選択が与えられています。
ですから、この記事を読んでいるあなたにでさえ、人の内面を傷つける要素は存在しているワケです。
「そんなはずはない!ボクは悪の要素はない!」
とはっきり言い切れるあなたは、超善人です。(・・・と、この場で言ってもよいのか?)
でも、過ちを犯さない人間はいないです。ですからそれは嘘になりますが。
はい。あなたの周りに、よく自分の事情も知らず平気で口出しするのって、大変ストレスじゃないでしょうか?
自分にとって今必要でないことを、さも理解しているような感じで近づいてきたり。
非常に邪魔くさいですよね。近づきたくないですよね?物語の中に、そんなキャラを描くとしたら「うせろ!」と言いたくなります。
どうでしょうか。そんなキャラがいれば、ストーリーが盛り上がるかもしれませんね。
赤信号、青信号の例えがあったように、人は、ありのままの事実・真実から歪んで見えることに気がついていません。
ムスカも、夢や希望を陶酔したあまり、自分が野蛮で暴力と狂気に変貌したことさえ気がついていないのです。
関連記事:悪役の描き方
悪の本質がわかると悪役が作りやすくなる
過ちを犯す要素は誰にでも存在しているということは、ご理解いただけたでしょうか?
善良な人に危害を与えるような根っからの悪役を描いてもインパクトはありません。
〝邪魔くさい奴〟というのは、自分のプライドや建前を、第一に優先してしまい、引きようにも引けない状態になって、正当化してしまうキャラクターです。そして自分が正しいことを常に周りにしつこく求める習性があるのです。
ある意味、信念が強いキャラだと言えるかもしれませんね。
悪いと知っておきながら、信念に上乗せして自分を偽り続けると、救いようのない本当の悪人が完成します。(チーン・・・)
そういった人物って、大抵、ボス化して、集団化(悪の世界の群れ)を造成させていますがね。
悪役をつくる上で必要な考え方は、願ってもいないのに、人は知らずの内に悪を行っていたり、善を行っている。
悪意は、生まれた時から存在しないけど、人との関わり合いの中で、無知と思い込みから悪意が発生している。ということです。
ざっくり外観だけでもつかんでいただければ、悪の本質や根っこが見えてくるかもしれませんね。そして、悪役を作りやすくなるかもしれません。
あなたの創作を応援しています!
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